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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)10540号 判決 1974年4月15日

原告 北専信用株式会社

右代表者代表取締役 寺島久正

右訴訟代理人弁護士 武藤正敏

右同 松本廸男

被告 井上豊次郎

右訴訟代理人弁護士 伊藤徹雄

右同 今泉善弥

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

被告は原告に対し、金三五万円およびこれに対する昭和四七年七月六日から完済まで年三割六分の割合による金員を支払え、との判決。

二  被告

主文第一項と同旨の判決。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、昭和四六年一二月六日訴外栗原友保に対し、左の約定で金五〇万円を貸与した。

(1) 栗原は、右金員を昭和四七年一月から同四八年八月まで毎月五日限り金二万五〇〇〇円宛二〇回に分割して弁済する。

(2) 栗原は、右の弁済を一回でも怠ったとき、期限の利益を失い、支払うべき金員に対し日歩金三〇銭の割合による遅延損害金を原告に支払う。

2  栗原は、右同日被告から代理権を与えられその代理人として原告に対し、栗原の原告に対する右債務を連帯して保証する旨約した。

3  仮に被告が栗原に対し、右の代理権を与えていなかったとしても、それでもなお被告は左の理由から原告に対し責任を有する。

(1) 被告は、栗原に対し北区役所から被告の印鑑証明書の申請、交付を受ける代理権を与えていた。

(2) また、被告の妻井上鈴子は、日常家事に関し夫たる被告を代理する権限を有しているところ、鈴子はその権限を越えて栗原に対し被告の実印と印鑑証明書を交付して、被告が栗原の前記債務を連帯保証する代理権(復代理権)を授与した。

(3) 原告は、本件連帯保証契約締結の当時、栗原が被告の親戚以外の全くの第三者であると考えており、その栗原が被告の実印と印鑑証明書を所持していたし、さらには被告宅に右契約締結にさきだち電話して保証の意思の有無を確かめたところ、鈴子は被告が本件の連帯保証の意思を有する旨述べたので、以上のことから原告は、栗原が本件連帯保証契約を締結する代理権を有するものと信じてその契約をしたものであり、かつ、原告にはそのように信ずるにつき正当の理由があった。したがって、被告は原告に対し民法一一〇条の適用もしくはその類推適用によって、責任を負うものである。

(なお、本件の場合、右(2)の表見代理の成否については、本件連帯保証行為が日常家事の範囲に属する行為と信ずるにつき正当な理由があったか否かを考慮するならば、あまりにも本人保護にすぎ第三者を犠性にすることになって到底許されるべきでないから、単に栗原が本件連帯保証行為する権限があると信ずるにつき正当の理由があったかどうかを考えるだけで足るというべきである。)

4  栗原は、昭和四七年六月五日までに金一五万円を支払ったのみで、その余は全く支払わない。

5  よって原告は被告に対し、金三五万円とこれに対する栗原が期限の利益を失った日の翌日である昭和四七年七月六日から右完済までの前記約定に基づく年三割六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求の原因1は知らない。

2  同2は否認する。

3  同3のうち(1)および(2)は否認し、その余は争う。

4  同4は知らない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫によれば、

原告は、昭和四六年一二月六日栗原友保に対し金五〇万円を貸与することとし、その利息を加算した金七二万八〇〇〇円を昭和四七年一月から同四八年八月まで毎月五日限り金三万七〇〇〇円(元本金二万五〇〇〇円、利息金一万二〇〇〇円)ずつ二〇回に分割弁済すること。一回でも支払を怠ったときは期限の利益を失い、支払うべき金員に対し日歩金三〇銭の割合による遅延損害金を支払う。との約定のもとに金五〇万円を交付し、かつ、その際、栗原が被告の代理人として(代理権の有無はしばらくおく)被告の名で右債務を連帯して保証する旨約し、被告の名を手書きし被告の実印を押捺して、金銭消費貸借契約証書(甲第一号証)を作成したこと、

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

二  原告は、栗原が被告から右連帯保証契約を締結する代理権を与えられていた旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。もっとも、≪証拠省略≫によれば、栗原は、その姉であり、そして被告の妻である井上鈴子から被告の実印の交付を受け被告の代理人として右連帯保証契約をしてもよい旨承諾を得ていたので、被告の印鑑証明書の交付申請を北区役所に対しなしてその交付を受け、右実印を所持し、かつ、右印鑑証明書を原告に提出し、前記契約をなしたこと、他方原告の金融事務の責任者である本橋正行は、右契約にさきだつこと数日前の午後六時頃被告宅に電話をし、栗原から金五〇万円の借入れ申込みがあって被告がその連帯保証人ということになっているが貸付けてもよいかと問いただしたところ、電話に出た鈴子が被告の承諾を得ている旨答えたことが認められる(≪証拠判断省略≫)。そうだとすると、被告と鈴子が夫婦である点からすれば、被告は鈴子から右事実を聞き知り、事前もしくは事後に栗原が被告を代理して本件連帯保証契約をすることを承諾していたのではないかと推測できなくもない。しかし他方、被告は栗原に右の代理権を授与したことはなく、また被告が右連帯保証の件を知らなかったという事実を裏づける証拠(≪証拠省略≫)もある。とすれば、他に右推測を補強する証拠あるいは右反対証拠を疑わしめる証拠がなければ、原告の主張を採用するわけにいかないであろう。ところがそのような証拠はない。むしろ、以上の証拠を綜合すると、鈴子が被告に無断で栗原に対し被告を代理して本件連帯保証契約を締結することを承諾したと解するのが相当である。

三  そこで以下、原告主張の表見代理の成否を考える。

1  まず、原告は、被告が栗原に対し自己の印鑑証明書の申請交付の代理権を与えたと主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

2  次に原告は、被告の妻鈴子が日常家事代理権の範囲を越えて、栗原に対し被告の代理人として本件連帯保証契約を締結する代理権(復代理権)を与えた旨主張する。確かに前認定のとおり、鈴子は被告の妻であり、したがって鈴子は、日常家事に関し夫たる被告を代理する権限を有していたが、妻が夫を代理して他人の債務を保証することは、特段の事情がないかぎり、日常家事代理権の範囲外のことであるところ、鈴子は、被告には無断で栗原に対し被告の代理人として本件連帯保証契約を締結することを承諾していたことはさきに記したとおりであるから、原告主張のように、鈴子は自己の意思で日常家事に関する代理権の範囲を越えて、栗原に対し被告の代理人として右契約締結の権限を与えたものと解することができる。

ところで、夫婦の日常家事代理権は、法定代理権というべきであるから、代理人たる夫婦の一方は、その責任において自由に復代理人を選任できるが、しかしそもそも復代理人とは、代理人がその権限内の行為をおこなわせる本人の代理人であるから、本件のように妻たる代理人自身が日常家事の権限に属しない事項、つまり他人の債務を保証するという権限を第三者たる栗原に与えるような場合、はたして栗原が「復代理人」といえるのか疑問なしとせず、もしそう解しうるとしても、鈴子が日常家事の代理権限の範囲を越える権限を栗原に与え、かつ、その栗原がまさにその与えられたとおりの法律行為をしているのだから、かかる場合、復代理人たる栗原には民法一一〇条の適用(もしくはその類推適用)の前提たる基本代理がなく、したがって右の表見代理の成立の余地はないのではないかとも考えられる。しかしながら、たとえば妻自身が日常家事に関する代理権の範囲を越えて法律行為をした場合、さらには妻から本来日常家事代理権に属する事項を処理する権限を授与された復代理人が、その権限を越える法律行為をした場合には、後記のとおり民法一一〇条の類推適用があるのに、本件のような場合にはその類推適用を否定するというのでは、取引の相手方の保護に欠けることとなって妥当とはいえないであろう。したがって、もし栗原を鈴子の復代理人とみるとすれば、鈴子の本来有する日常家事に関する代理権をもって栗原の基本代理権と構成するか、もしくは栗原をして、鈴子の決定した意思表示(被告の代理人として本件連帯保証契約を締結する意思表示)を伝達する表示機関(使者)と解するかして、民法一一〇条を類推適用するのが相当である。

3  ところで、夫婦の一方が日常家事に関する代理権の範囲を越えて第三者と法律行為をした場合、右代理権を基礎として広く一般的に民法一一〇条の表見代理を肯定することは、夫婦の財産的独立をそこなうおそれがあるから相当でなく、その相手方である第三者において、その行為がその夫婦の日常の家事に関する法律行為に属すると信ずるにつき正当の理由のあるときにかぎり、民法一一〇条の趣旨を類推適用して第三者の保護をはかるべきである(最第一小判昭和四四年一二月一八日民集二三巻一二号二四七六頁参照)。そして、右にいう夫婦の財産的独立を保護しようとする趣旨は、権限踰越行為を妻自身が(あるいは使者を介して)したか、もしくはその復代理人がしたか、ということによって異別に解すべき理由はないから、右の理は本件の場合にあてはまると解するのが相当である。

しかるところ、前記甲第一号証によれば、原告は栗原に対しその営業資金として金員を貸与したことが認められる。とすれば、他に特段の事情も見当らない本件においては、原告は右金員の貸与およびその連帯保証が被告の日常の家事とは全く関係のないことを当然知っていたとみられるから、原告において、右債務の連帯保証行為が被告の日常家事に関する法律行為に属すると信じていたとは到底解することができないし、また原告がそのように信じていたことを認めるに足る証拠もない。

そうだとすると、原告の本訴請求は、原告主張のその余の事実を判断するまでもなく失当といわなければならない。

四  よって原告の本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大沢厳)

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